岡山大学 ○平松康平・毛利建太郎・難波和彦

[Keywords] 顕微鏡画像,ホワイトノイズ,周波数帯域

I はじめに

 動物やヒトは音を耳で聞き取り,神経を介して脳へ伝達することにより音を判断している。では,頭脳もなければ耳もない植物は,音を聞くことができるのだろうか。聞くことができたとすれば,どのような音を好み,どのような音を嫌うのだろうか。

 音の植物生長に与える影響については,水耕栽培にクラシック音楽を用いて収穫期間を短縮させたり,特殊な高周波音波を植物に聞かせることによって増収効果をもたらしたりといった現場からの実証例はあるものの,定量的な報告はほとんどない。

 また,植物の音に対する反応について,音刺激により静止状態の表面電位にパルス状の波形が誘発されたり,拍子音により誘発パルスが刺激音に同期するなどといった報告がある。このように植物は音に反応しているものの,生長との関連性,メカニズムなどの解明は今後の研究によるところが多い。そこで本研究では,植物の生長に関する情報を直接示すと考えられる気孔の開度に注目した。

 植物の生育している状態での気孔反応を測定する方法としては,ポロメータ法,同化箱法などがある。しかし,これらの方法によって得られる情報は,蒸散速度や気孔コンダクタンスといった気孔反応の間接的な情報であり,多くの気孔の平均的な反応に関するものである。また,実際の気孔開度と気孔コンダクタンスとの関係は,植物種の違いだけでなく葉の葉齢,表裏の違いによっても異なっている。それゆえ気孔反応を厳密に調べるためには,個々の気孔の非破壊かつ直接的な観察が必要となる。

 生育環境下での個々の気孔反応の非破壊計測は,一般の光学顕微鏡や走査型顕微鏡では困難であり,大政らは,生育環境下での気孔反応の直接観察を目的とした特殊な光学顕微鏡システムを開発し,また,画像処理技術の導入により,0.3μmの精度で気孔開度の計測を可能にした。この光学顕微鏡システムにより,光環境の変化やSO2暴露に伴う孔辺細胞とその周辺の表皮細胞の連続的観察,水ストレスに対する気孔反応の観察などが行われた。これらの研究から,気孔の直接的な観察により気孔コンダクタンスの測定では得られない孔辺細胞やその周辺の細胞について貴重な情報を得られることがわかった。

 そこで本研究では,気孔反応の直接観察システムを試作し,各種音刺激を与えたときの植物気孔開度の変化を計測した。

II 実験装置および方法

 気孔開度をリアルタイムで観測し,与えた音刺激との関係について調べるために気孔を顕微鏡を通してCCDカメラで観察を行う装置を試作した。実験装置を図1に示す。  供試植物を置く環境室内には,エアコン及び加湿器を取り付け,室温22℃,相対湿度40%に保った。室内の光環境は3層波長蛍光灯を用いて明期3h,暗期3hとし,その照度は気孔を観察する葉の位置で11klxであった。供試植物には草丈50cm程のポトスを用い,実験開始の1週間前より環境室内で栽培した。

 顕微鏡は落斜式顕微鏡(対物レンズ50倍)を用い,葉の裏側の気孔を自然に近い状態で観察できるように上下逆さまに取り付けた。そして,観察する葉は表面に光がよく当たり,ステージとの接触面がなるべく少なくなるように作ったステージに固定した。また,ピント合わせは顕微鏡の微動ハンドルにモータを接続することにより外部から遠隔操作で行った。観察記録は顕微鏡カラーカメラ装置,VTR及びTVモニタにより行い,その再生画像から画像処理装置を用いて気孔隙を抽出し,その画素数をキャリブレーションすることにより実面積に変換した。刺激となる音は,雑音信号発生器を音源としアンプ,バンドパスフィルタを介してスピーカから植物体全体に与えた。

図1 実験装置

 あらかじめ環境室内で栽培していた植物体の任意の1つの気孔について,明期3時間の音の有無による気孔開度の変化の違いを観察した。印加した音はホワイトノイズと中心波長8kHzのノイズの2種類で,それぞれ90dBで明期の間連続的に植物体に与えた。音を与える時間帯は偏らないよういろいろな時間帯に設定し,また観察を行う前の明期には音は与えなかった。観察記録は照明点灯から1hは5分毎,以後75,90,105,120,150,180分後について行った。

III 実験結果および考察

 気孔の顕微鏡画像データを図2に示す。顕微鏡画像は実験モニタ上では約1200倍で観察することができた。中央の黒い部分が気孔隙で,気孔隙の実面積を計測することにより気孔開度とした。気孔は光照射により気孔開度を増し,40〜60分でピークに達した。

    

図2 気孔の顕微鏡画像

 気孔開度の測定結果を図3に示す。照明点灯から15分間は対照区,ホワイトノイズ区,8kHz区ともに同じように気孔は開いて行き,対照区,8kHz区での気孔開度はほぼピークに達した。一方ホワイトノイズ区では,照明点灯から15分以降も気孔開度は増し続け,気孔隙の面積は50μm2以上に達した。このことから植物体は音に反応し,それにより気孔開度が増したと考えられた。ホワイトノイズ区では気孔開度が増したのに対し,8kHz区ではほとんど変わりがなかった。これは8kHzという周波数帯域だけでは効果がなく,他の周波数帯あるいはホワイトノイズそのものに植物体が反応したためと考えられた。また,ホワイトノイズ区でも照明点灯から90分後には気孔開度はほぼ同じレベルとなり以後は3区とも同じような傾向を示すことから,音は印加直後,あるいは気孔の開き始めに影響を及ぼすものと考えられた。

図3 気孔隙の面積の経時変化


IV おわりに

 音という物理的な刺激に対して植物がどのような反応を示すのかを,気孔に注目して観察した結果,刺激はその開度に対して影響を及ぼすことが分かった。

 今後,音質や音の強度をより詳しく検討すると共に,植物体全体としての反応との関連性についても明らかにしていきたい。