岡山県内農業機械製造メーカの農作業の安全に対する意識調査

Attitude surveys for the safety farm work to the agricultural machine manufacturers in Okayama

1. はじめに
 農林水産省の農作業死亡事故調査では,毎年300人以上が亡くなっており,農業就業人口10万人あたりの死亡者は平成29年で過去最多の16.7人を記録した.これは建築業6.5人,全産業平均1.5人を大きく上回る数値である.また事故区分別農作業死亡事故の発生状況では毎年6〜7割が農業機械での作業によるものである.多くの安全装置が開発,普及しているが,農業機械による事故が長年大きな割合を占めている.そこで,本研究では農業機械製造業の盛んな岡山県において,農業機械製造メーカ(以下メーカとする)を対象に農作業事故の情報収集や安全対策に対する意向に焦点を置き,その実情と課題の把握を目的に,聞き取り調査を行った.

2. 農作業事故統計の現状
 農作業事故の全国的な継続した統計は,農林水産省による農作業死亡事故調査のみである.重大事故に関しては統計データが存在する反面,軽微な事故や負傷などに関する情報は公にはほとんど存在していない.
 傷害事故報告には,厚生労働省の「労働災害発生状況の分析」があり,農業・畜産・水産業における労働災害が毎年3千件ほど報告され,ある程度状況も分類されているが,報告数が少なく個人経営農家の状況が十分には反映されていない.
 そういった背景を踏まえて,全国共済農業協同組合連合会は「共済金支払データに基づく農作業事故の発生状況の分析」を平成30年8月に公表した.この統計では平成25年から平成28年の過去4年分2万件超の事故状況が分析されている.これは傷害事故統計の中では最大規模であり,現場への還元が期待される.

3. 調査結果
 メーカで比較すると,製造している機械の規模により,安全に対する考え方も異なることが分かった.小規模メーカでは事故情報等を専門に集めている部署もなく,積極的な情報収集はされていなかった.ただし,製造している農業機械が小型であることから,重大な事故の発生頻度は低いと考えられる.情報収集の手段としては,販売店からの報告,または現地への聞き取りであった.
 中規模メーカでは品質保証室で情報を収集し,次の製品開発や改善に活用していた.情報収集の手段は小規模メーカと同様であった.ただし,重大な事故は把握している一方,軽微な事故に関しては情報を収集する手段がないとのことであった.さらにこのメーカでは,個人経営の一般農機販売店の減少が課題として挙げられた.JAや大手メーカの販売営業所への委託が増加し,新たな販路では従来のような情報共有が難しくなることが予想される.
 一方,大規模メーカは自社の営業販売社から農業者に販売するため,農業者からの情報提供も十分であり,情報収集の窓口も存在していた.しかし,重大事故は把握している一方で,軽微な事故は情報が伝達しないことが多い.また最新機種ではGPSアンテナと通信端末を活用し,自動的に情報収集が行われるサービスも行っていた.
 安全対策に関する意識は高く,どのメーカも安全規格に定められた基準を満たすことはもちろん,安全講習会といった啓蒙活動も実施されていた.加えて,中小規模メーカは大手の取り扱わない独自の特色を生かした機種で他メーカとの差別化を図っているため,安全に対する需要が高いのであれば積極的に安全対策に取り組みたいという意識が強く感じられた.しかし,定められた安全基準以上の対策に関しては,どのようにすれば良いかよく分からないとの声も聞かれた.

4. 考察
 ハインリッヒの法則から,1件の大きな事故の裏には,29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットがあり,重大事故の防止にはヒヤリハットの段階で対処する必要があるとされるが,現在の農作業事故防止への取り組みは死亡事故のような重大事故が発生した後に原因を究明する後追い型の対策が行われている.このような対策は長年実施されているものの,依然として農作業事故の発生率は高い水準で推移している.
 今回の調査でメーカが把握できる範囲は,氷山の一角である重大事故のみであることが判明した.したがって現行の対策に加えて軽微な事故やヒヤリハットから分析し,事故を未然に防ぐことが労働力不足の深刻な我が国において求められると考えた.そこで軽微な事故は,共済金支払いに基づくデータ等からある程度の傾向を予測可能であるが,ヒヤリハットに関しては死傷事故に比較して,膨大な量のデータを収集する必要がある.しかし,過去に大規模な調査もなく情報の入手手段も確立していない.今後現場に近い販売員も減少することが予想され,農家の声を収集する方法がますます求められてくる.
 一方で,近年ソーシャルネットワーキングサービスは身近なものとなっている.高齢者にもスマートフォンの普及は拡大していることから,発言や写真を掲載する場所を提供することで,現場からの発信が期待できると考えられる.