農産物トレーサビリティ構築のためのほ場マッピング

農産物トレーサビリティ構築のためのほ場マッピング

伴美央子

T 研究背景と目的
 近年,特に環境負荷の低減の観点から,農産物や生育環境のばらつきを把握し,必要最小限の資材投入で無駄のない生産を行うことを目的とした精密農業が国内外で注目されている。しかし,従来の農業生産においては,収穫後に一斉に選果場で品質評価が行われるため,果実の収穫位置が特定できず,トレーサビリティを確立することが困難であった。
 その問題を解決する一つの手段が,収穫と同時に品質評価を行う移動型選果ロボットである。生育環境と品質に関わる情報をリンクさせ,データベースとして構築し,それをもとにしたマップを描画すれば,ばらつきを視覚的に把握でき,効率的な生産に役立てることができる。本研究では,現在研究中のナスの移動型選果ロボットを想定したマッピングプログラムの作成,およびモデルほ場におけるデータベースの構築を行った。

U プログラムの構成

1.プログラミング言語
 本研究では,オブジェクト(処理対象を表すデータの集合体)の扱いやすさと汎用性を考慮し,javaを選定した。javaは約15年前,元々は情報家電や携帯端末用として開発された言語であり,プラットフォームに依存しない高い汎用性を持つ。現在はアプリケーションやアプレット,携帯端末用アプリケーションなどに広く利用されており,C++と並び最も普及しているプログラミング言語のひとつである。

2.構成
 メインプログラムは,データベースプログラムと画像表示プログラムから構成されており,環境情報や収穫した果実の位置情報,収穫日,質量に加え,品質評価用マシンビジョンシステムから得られた19個のパラメータを用いた。図1にデータベースプログラムの構成を示す。
 ほ場オブジェクトは一つの栽培ほ場に相当し,その中にほ場を水平方向に分割した1区画を表すメッシュオブジェクトが格納されている。今回はメッシュ1区画がナス1株に相当する。さらにメッシュオブジェクトには,環境オブジェクトとブロックオブジェクトが含まれる。環境オブジェクトは,環境情報としてその区画に投入された資材(水,農薬,肥料など)や気候情報(温度,日射量など)を表し,資材の名称と単位,投入日と量が格納される。


 ブロックオブジェクトは,メッシュオブジェクトを鉛直方向に分割した1空間を表す。この分割により,ナスのような垂直方向に生育する収穫物の空間分布の把握も可能となる。各ブロックオブジェクトには,一日の収穫を表す収穫日オブジェクトが格納されており,その中には収穫された果実を表す果実オブジェクトが格納されている。果実オブジェクトはその果実の寸法や品質を表す各パラメータを格納している。
 これらのオブジェクトにより,生育環境や品質に関わる情報を一括して把握することが可能になる。
 画像表示プログラムでは,データファイルからほ場オブジェクトを呼び出し,任意の日付と高さ方向の範囲を設定,表示したいパラメータを指定することで,ばらつきを反映した画像の表示が行える。形式として,メッシュで構成されたマップや各種グラフの選択が可能である。これによって,収穫日ごとの収量の比較や任意のメッシュにおける総収量の把握,あるいは投入肥料と収量の比較など,空間的・時間的なばらつきの把握や各パラメータ間の比較を視覚的に容易に行うことができる。

V 実験結果
1.実験モデルおよび装置
 実験のモデルには,岡山大学農学部内のビニルハウスで栽培した千両ナス(南北30株×東西3列)を使用した。これらを手作業で収穫,位置情報を記録したのち,実際に岡山県のJA備南でナスの選果に使用されているものと同じ品質評価用マシンビジョンシステムを用い,各パラメータを計測した。

2.ほ場マップの例
 ほ場のマッピング例として,図2に収量,図3に首曲がり(ナスの形状を表すパラメータの一つ)を示す。栽培期間中の二日分のデータと累計値を表している。値の大小を色の濃度で表現し,白のメッシュでは収穫が行われていないことを示す。なお,この区分はマップにおける相対値によるものなので,凡例はそれぞれ異なる。また,首曲がりにおいては,その値に応じて,凡例に示す5つのグループに果実を分類し,頻度の最も高かったグループの色でそのメッシュを表示した。品質を表す多くのパラメータに関しては,今回はこの手法で表示色を決定した。
 図4は収量と果実数の累計を比較したものである。収量が同じ程度のメッシュでも,果実数に差があれば,果実数の少ない方が個々の質量が大きいと分かる。このように複数のパラメータを比較することで,ほ場における収穫の傾向がより詳細にわかる。


図2 ほ場マップの例(収量)

図3 ほ場マップの例(首曲がり)

図4 ほ場マップの例(収量と果実数)

 これらのようなほ場マップを表示することにより,メッシュに関する様々なデータを視覚的に把握することができる。また,図5の例のように,ある日に収穫された果実の階級の比率なども知ることができる。このように,目的に合わせた様々な形態で表示を行うことも可能である。


図5 パラメータの表示例

W 結論
 データベースによって,農産物からほ場情報までの一貫したトレーサビリティの構築が可能となり,さらにマッピングプログラムの実行により,ほ場内でのばらつきを視覚的に把握し,比較することが可能であった。
 今回の実験では,データの収集期間が短く,加えてパラメータ計測を手作業に頼ったので,データの量が少なく,マップ間の相関関係を見出すのは難しかったが,より長期的にデータの収集を行い,さらに移動型選果ロボットからの品質データや,ロボットやほ場に設置した各種センサからの環境データを利用すれば,さらに詳細なデータベースの構築が可能となる。同時に,画像表示プログラムを拡張していくことによって,よりユーザーのニーズにあわせたマップを提供し,栽培計画に役立てることができる。